2016年10月03日

『殿様生物学の系譜』

本書は研究打ち合わせのために国立民族学博物館を訪れ、せっかくだから書庫を見て来たらどうか、という提案をいただいた際に発見した。見つけたその場で借り出しの手続きをすっ飛ばしスマホを取り出しアマゾンで注文してしまうほど『殿様生物学』というパワーワードは魅力的であった。幸いにも状態のいい古本が残されており、郵送されてきたものには発売当時の帯も残されていた。そこには『博物学、それは帝王の学問』とタイトルに負けない力強いフレーズがあった。本書の刊行は1991年、入手したのは初版本であり、その後何回刷られたかわからないが、古本でしか出回っていない現状は非常に残念なことである。
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本書は全4部の構成からなっており、第1部では江戸時代の大名たちと彼らによる博物図譜について、第2部では日本鳥類学初期の興隆を支えた華族、第3部では戦後の博物学から生物学への変遷期を、第4部では主に昭和天皇と今上天皇の業績を紹介している。

本書を手に取った理由は、2014年に公開された本草学資料に残された鯨類とフジツボの記録から過去の生物多様性を探るという内容の研究(Hayashi, 2014)の続編として、本草学資料に残された鯨類以外の生物に関する研究も続けているところで、江戸時代の博物学者たちの情報を集めていたためである。特に江戸時代の本草学資料に関しては博物学者たちの交友関係を把握していないと効率よく情報を集めることができない。しかし、本書にはそんな資料的価値を圧倒的に凌駕する感動が秘められている。ここでは特に第1部と第4部の内容について紹介したい。

第1部では、まず肥後五十四万石熊本藩主細川重賢の生い立ちと業績の紹介から始まる。重賢の記録には採集地や日付が記録されていることも多く、その記録から参勤交代のルートを知ることもできるという、生物学とは全く異なる分野にも貴重な情報も提供している。生物標本に必須のラベル情報もきちんと残す重賢のアプローチは、現代の生物学者にも通じる。重賢の章は、彼の几帳面な数々の記録からこのようにまとめられている。
『博物大名一家にとっては、本来は強制された義務である参勤交代の長旅も、実際には心おどる動植物採集旅行にほかならなかったように思われる。博物学は、いつの世にも人の心に喜びと潤いを与え、人生を豊かにしてくれる、最も身近な知的営為の一つといってよいであろう。』


時代が流れて第4部では、昭和天皇と今上天皇の研究内容とそれぞれ研究対象を決められた経緯が記されている。海洋生物学者たちの間でこれらの業績の評価が非常に高いことは周知の事実であるが、経緯について記されたものはあまり多くなく、初めて知ることも多かった。昭和天皇の生物学者としての逸話の中で最も有名なものは南方熊楠による御進講の話だと思うが、本書では熊楠の話は一切出てこない。熊楠のエピソードを抜きにしても、昭和天皇の生物に関する多くのストーリーがあることに改めて驚かされる。1975年の初の訪米の際にはウッズホール、スミソニアン、スクリップスという3大海洋生物研究所を訪問されたという。以下に引用する。

『ちょうど十年後、筆者もサンジエゴのラホヤ湾に望む美しい海岸にあるスクリップスを訪ねる機会があったが、そこでは、依然として日本人の訪問者があるたびに、昭和天皇が訪れた日のことが昨日のことであるかのように語り継がれていた。
「研究者として本物かどうかは、標本を手でもつときの手つきと、展示品を見るときの目の運びを見ていればわかる。あなたがたの天皇陛下?彼は間違いなく本物だった」とある学者。その日は入り口まで迎えに出たという事務局員は「天皇陛下が来られたことがうれしいのではない。生物学者として、ここが訪問に値する研究所であると評価してもらったことが名誉なのだ」と話す。研究所の創立から、最近までの歴史を綴った『スクリップス海洋研究所史』(エリザベス・N・ショア著)には「エンペラー・ヒロヒト」ではなく、はっきりと「バイオロジスト・ヒロヒト」と書かれている。』

僕も2005年にフジツボ類の標本を観察するためにスクリップス海洋研究所に訪れたことがある。
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↑無脊椎動物標本庫のある建物。
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↑標本庫で使わせていただいたデスク。

そのときにはフジツボ大好きWilliam A. Newman先生がひたすらフジツボについて熱く語っているのを頑張って聞き取ろうとしていただけで、直接昭和天皇のエピソードを聞く機会はなかった。ただ、Newman先生の自宅に招かれた際には、彼の本棚に「相模湾産ヒドロ虫類」(裕仁, 1988)が並んでいるのを確かに見たのである。

今上天皇については、「間口の広さという点では、亡き陛下に譲るでしょうが、深さという点ではいずれはお父上を凌がれるかもしれない」という研究者の評と、その専門であるハゼの研究について紹介している。ここにも初めて知るエピソードがいくつかあった。印象的に残った陛下のコメントを引用したい。
「生命の長い歴史の中で分化してきたさまざまな生物の種類を、人類が知らぬ間に滅ぼしてしまうことがないように、そして人類がこれらの生物と共に生きる喜びを味わうことができるように」(1986年の国際生物学賞授賞式)


以下は個人的なエピソードになるが、実は僕も皇族を相手に御進講(といっていいのかどうかわからないくらい非公式なもの)をしたことがある。修士課程の指導教員の先生が皇居に御進講に行って菊の紋の入ったドラ焼きと葉巻か何かをお土産に持って帰ってきたことがあったが、僕の場合はもっともっと非公式なもので今はなき国立科学博物館新宿分館の空き部屋でパワーポイントを使ってウミガメに付着するフジツボたちの紹介をしたのだ。博士課程在学中の2008年のことである。ちょうどその頃、ハワイの方でウミガメの癌として問題になっていたフィブロパピロマという腫瘍の病気が伊豆諸島に住むアオウミガメたちにも見られるようになった、という新聞記事が掲載されたのだ。がん研究会の名誉総裁である常陸宮正仁親王殿下がその記事に興味を持たれ、ウミガメの癌とはどのようなものかと腫瘍の標本を取り寄せたところ、そこに2個体のフジツボが付着していたらしい。このフジツボが病気を媒介しているのではないか、このフジツボから何かわからないか、ということで巡り巡って僕のところに連絡が来てしまったのだった。確かに、そのフジツボの正体がわかる人間は僕しかいなかったと思う。何を聞かれても回答に詰まることのないよう、カメフジツボ論文ファイルと標本のみっちり詰まったクーラーボックスを持っていき、一時間半ほど実物の標本をお見せしながらカメフジツボの解説をしたのであった。僕などは昭和天皇を映像で見たことがある程度の年代なのだが、殿下の第一印象は「昭和天皇がいるー!!」であった。wikipediaには『皇族らしい風格の持ち主と言われ、父昭和天皇の学究肌の性格をよく受け継いでいるとも言われる。』という記述があったが、本当に天皇陛下の弟、というより昭和天皇の息子、という表現の方がしっくりくる印象であった。やはりカメフジツボよりは腫瘍に興味があるようで、他にはどんな付着生物がいるのか、それらと腫瘍は関係あるのか、とかなり守備範囲外の質問を受けたのを覚えている。僕が見てきた限りパピロマガメに特有な付着生物のようなものはありません、と回答したような記憶がある。殿下は相槌が「えぇ」と「へぇ」の中間くらいの鼻から抜けるような感じで、それがまたなんとも映像で見た昭和天皇のような印象を受けた。せっかくの皇族への御進講の機会、博物学者としてここはキャラメルの箱にカメフジツボの標本を…と思ったのだが現代のキャラメルの箱はカメフジツボを収めるには小さすぎたため、倉谷うららさんからプレゼントでいただいたかっこいい標本箱にきれいにしまってお渡しした。今もきっと殿下の自宅には僕のカメフジツボ標本が飾られているのだと思っている。
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↑実物もお見せすることができるよう標本をキツキツに詰めたクーラーボックスと何を聞かれても回答できるよう準備したフジツボ論文ファイル。今見ると完全に不審物である。
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↑キャラメルの箱には入らなかったカメフジツボ標本。

また、最近では生き物文化誌学会という学会の研究助成に採択され、その進捗報告として口頭発表する機会があった。既に論文として公開してしまった鯨とフジツボに関するものをメインに紹介し、日本の本草学資料が現代生物学でも使える有用な情報源であり、人文系の学者だけでなく、生物学者たちがもっと多くの資料を見直していくことでさらにその学術的価値が高まっていくだろう、という趣旨の発表だった。発表は概ね好評で、発表後にも多くの先生方から激励の言葉をいただいたのだが、質疑の際に手を挙げてコメントをくれたのが秋篠宮殿下だったのである。某所にはまだ誰も内容を詳細に確認していない本草学資料が数万点眠っており、その中には海洋生物の博物画も含まれている、是非そちらの資料もあたってほしい、という趣旨のコメントだった。本書に出会うきっかけとなった国立民族学博物館の研究打ち合わせも、その資料について詳しい池谷和信先生を秋篠宮殿下から紹介していただき訪問したものだったのである。

本書には1988年上野の国立科学博物館で『天皇陛下の生物学ご研究』という特別展が開催され、当時の入場者数は57556人という低調なものであったことが記録されている。本書の刊行は1991年だが、今上天皇はその後も精力的に研究を続けられ、最新のものでは分子系統学的手法を用いたハゼ類の研究がGene誌に発表されている(Akihito et al. 2016)。今上天皇の最新の研究成果も含めて、改めて特別展を開催すればものすごくウケるのではないかと思うのだが…。特別展の開催は難しいにしても、本書は是非復刊してほしいものだ。
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2016年08月20日

『人間にとってスイカとは何か: カラハリ狩猟民と考える 』

僕はスイカが大好きです。誕生日が7月なんですが、ケーキよりもスイカの方が圧倒的に大好きなので、僕の誕生日は毎年ケーキでなくスイカ一玉でお祝いしてもらいました。
人間にとってスイカとは何か: カラハリ狩猟民と考える (フィールドワーク選書5) -
人間にとってスイカとは何か: カラハリ狩猟民と考える (フィールドワーク選書5) -

著者は20年以上もスイカの原産地の一つであるとされるカラハリ砂漠に赴き、狩猟民と生活をともにし、フィールドワークを続けている。本書はこの長期間に渡るスイカと人類の関わりに関する調査・研究の成果を紹介するものだ。スイカと言っても日本でのデザート的な甘い品種でなく、野生のスイカである。また、様々な品種があることを紹介している。その利用方法も水がめとしてのスイカ、スイカ鍋など食材としての利用、家畜の水、餌料としてのスイカなど品種ごとに様々である。

本書の終わりの方では、スイカととも移動生活する集落が、国の援助を得て井戸が整備され定住化・集住化が進む事例をレポートしている。そこでは、定住化によって人間関係に摩擦が起こりやすくなり、自殺や殺人を含む傷害事件などが増えてしまうといった指摘があった。水の供給源をスイカに求める生活は、スイカの出来不出来次第で柔軟に家の場所も移動していく。また、気に入らない相手がいれば別のキャンプに移動するという選択肢もあった。こうしたシステムが適度な距離感を保つことで、精神的なストレスを緩和していたのではないかという指摘である。もちろん定住化だけが要因なわけでなく、同時に入ってきた酒の流通によって暴力沙汰が顕在化したという面も大きいのだが、移動生活による対人ストレスの緩和という点は完全に定住化が固定された日本ではあまり意識しなかったところである。

また、本書は内容とは全く独立に、「第7回 日本タイトルだけ大賞」に輝いていた。まじめな内容ではあるが、とても面白い本で決してタイトルだけではないのだが、それでもやはりこのタイトルは誰が見ても秀逸だったのだなぁと思わされる。

日本一秀逸な書籍タイトルに『人間にとってスイカとは何か』
https://www.sinkan.jp/news/5478?page=1
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2016年06月26日

『深海生物テヅルモヅルの謎を追え!: 系統分類から進化を探る』

フィールドの生物学シリーズを全部読んだわけではないけれども、僕がこれまでに読んだ中では最も王道な分類学をしている一冊である。著者は系統分類学と表現するが、これはまぎれもなく分類学そのものである。分類学者がランパー(一括主義者)とスプリッター(細分主義者)に二分されるのは広く知られるところであるが、本書の著者は完全にスプリッターである。ただ、そのスプリットに際しては必ず形態形質の記載を伴う。根拠となる形態形質を定義しなければ高次分類階級の記載はすべきでない(もちろん種レベルでも)。どんな系統解析の結果が出ても、形態の定義づけができない以上は既存の分類体系に従うべきであるし、分ける根拠がない以上は新タクソンの記載もすべきではない。『これまでの分類学で提唱された高次分類階級と異なる結果が系統解析で出た、形態はよく見てないけどコレとソレが単系統になったので一つの高次分類群として新しく認めます』という「雑」な仕事が散見される中、著者は系統解析の結果を支持する形態形質を執拗とも思える執念で見つけ出す。ただ自分の名を残すためだけにむやみに高次分類群を提唱する雑な系統分類学的命名行為が蔓延る中で、著者の一連の仕事は極めて王道かつ正当な分類学である。

分類学に関する教科書は既に良書も何冊か出版されており、これから分類学を学ぼうとする方にも学習環境は整備されている。特に著者の最初の指導教官にあたる柁原宏先生が日本語に訳してくれたWinston著「種を記載する 生物学者のための実際的な分類手順」(原題:Describing species. 原著PDFはresearchgateからDL可)は日本語で出版されている分類学の教科書として最高の一冊であり、僕自身「種を記載する」を指導教官として博士論文を書いたと言っても過言ではない。しかし、初学者が分類学者として成長していく過程を描いた本はこれまでにない。師匠の教科書と弟子の成長記を合わせて読むことで、分類学の現場をよりリアルに感じることができるようになったとも言える。著者のあとがきに『分類学の、失敗も踏まえた「実践の記録」を、一般向けの書籍として残しておきたかった』とあるけれども、その狙いは十分に成功している。

ここまで本書の魅力を紹介してきたが、一点だけ多くの場合事実と異なるであろう記述があったのでそこだけ指摘しておきたい。著者は先ほど紹介した「種を記載する」を訳した柁原先生の
「文献集めはボディブローのように後から効いてくる」
という教えを守ることで単なる同定作業から分類学という学問へと昇華していく様子を表現しているが、ボディブローが後からじわじわ効いてくるのは「普段からボディを打たれる練習も含めて腹筋を鍛えている人間」であり、我々素人が実際にボディなんぞ打たれようものなら一発でオチる、ということだ。これは現役プロ選手を含む友人たちに僕自身がスパーリングの相手をしてもらって実際に体験したことであり、多くの大学院生にとってもそうなるであろうことと思われる。今後はボディブローに代わるより適切な表現でこの教えを後輩たちに伝えていってほしい。


追記:ボディブローについて
「ボディ一発でみっともなく倒されることがないよう、普段から鍛錬しておくことが肝要である」
という意味であれば的を得た表現ではないか、と考え直した。確かに論文を投稿して、査読者から「この文献読んでないの?」の一言でリジェクトを喰らってしまってはそれは研究者としてみっともない姿であり、ボクシングで表現すればそれはただ単純に鍛錬が足りないというだけである。そのようなつまらない指摘一発で倒されることがないよう、プロの研究者ならば普段から鍛錬を積み文献収集に励まなければならない、という意味であればボディブローというのは実に適切な表現だな、という解釈を得たことをここに追記しておきたい。


深海生物テヅルモヅルの謎を追え!: 系統分類から進化を探る (フィールドの生物学) -


種を記載する 生物学者のための実際的な分類手順

(絶版だ…!こんな良書が…!!)


posted by かめふじ at 01:05| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする