2019年02月18日

研究職志望院生へのエール。

なんでまたよりによって俺なんかにコメントを求めるのか、というツッコミはさておき、某所で知り合ったM1(他分野)の学生から就活の相談を受けた。「今就活中で研究職志望なのだがどのように就活すればいいか」と。うん、キミは激しくカン違いしている。僕は公募に出しても全戦全敗で、たまたま長いことバイトで世話になってた会社に運よく拾われただけで、実はまっとうな就活をしたことがないんだ(こんな就活の経験はあるけど)。

こう言ってしまうと根も葉もないんですけどね、修士1年てことはまだ「卒論やったことあります」ってだけなのね。当たり前ですけど修論まとめた経験すらない状態なのよ。いやこれはキミを責めてるわけでもなく当たり前の事実として。そんな状態で「研究職志望です」と言われてもさ、正直わからんのよ。キミが研究と思ってるソレ、本当に研究ですか?というレベルでわかんないの。

企業の研究と大学の研究はまぁ目的もアウトプットの手段すらも全然違うし、まぁまだ企業の研究でマトモな成果を出していない俺が言うのもナンだけどさ、基本的には研究って「これまでにない新たな知見を論文なり特許なり製品なりのアウトプットとして生産する行為」なのよね。

で、「これまでにない新たな知見」を生み出すためには「これまで何がどこまで明らかにされてきたか」って既存の成果のレビューが必要なのね。キミんとこのラボがどんな研究しててキミの修論テーマがどんなんかも知らんけどさ、ラボに代々伝わる伝統のテーマとかだともうそれを自分で整理する必要すらないわけ。歴代整理され続けてるからね。で、本当にわけのわからん未知の分野にポンと投げ込まれて「それやれ」って言われたときにその新たな分野で何がされてきたかレビューできますか?ってのが研究職で最低限必要になる能力だと思うのね。M1だし別に現時点でその能力を身につけとけとは言わないよ、そんなもん普通は博士課程の3年間でようやく身につけるレベルの特殊能力だと思うからね。

というわけでさ、これやっとけば研究職の就活で有利です、なんてアドバイスはないのよ。しいて言えば「真面目に卒論修論やってください」なんだけど、そんなもん当たり前のハナシでさ。まぁ俺に人事権なんてないのだけど、もし新しく同僚になってくれる人を俺が選べるのであれば、俺はどんな分野であれ自分の卒論・修論についてアツく語れる人に来てほしいなと思うよ。人事権がある人にそれがウケるかどうかは知らんけどさ。

という何のアドバイスにもならないコメントをしてきました。
posted by かめふじ at 22:37| Comment(0) | 漫録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年10月23日

放送大学から学術論文にアクセスする

学術論文に日常的にアクセスできるかどうかは研究生活を支える最も重要なインフラの1つと言っていいだろう。大学・大学院を卒業し民間企業に就職してしまうと多くの場合は出版社と契約していないため、マトモに入手しようとすれば論文1本40ドルなどと吹っ掛けられることとなる。旧帝大をはじめとする恵まれた研究大学にいると論文が手に入るのは当たり前という感覚になるが、残念なことに大学の外に一歩出ればPDFなど落ちていない。運が良ければ著作権を無視した著者がresearchgateにupしたPDFがあるかもしれないが、多くの場合は「Purchase PDF」とボタンが出てきて諦めることになるだろう。東大の大学院を修了して地方国立大に異動したポスドクが「こんなに論文が手に入らないなんて」などと嘆くシーンも何回か見かけたが、その地方国立大の契約誌数ですら圧倒的にうらやましく感じるのがアカデミア外の在野の研究者生活である。これまで僕も旧帝大・地方国立・旧独法研究所とアカデミック機関に在籍した期間があるが、
旧帝大>地方国立>>>>圧倒的に超えられない壁>>>>旧独法研究所>超えられないけどもはやどうでもいい壁>民間会社(ゼロ)
というのが実際に体感した印象である。

幸いにも出版社の論文サイトには著者のメールアドレスが載っていることが多いので直接
「アンタの論文おもしろそうだからPDF送っておくれ」
とメールすればだいたい手に入るものだが、返事が来るかどうかは相手次第、相手が忙しい場合にはスルーされるし場合によっては迷惑メール行きで入手不可能なんてこともありうる。「さいはぶ」という最後の手段もあるけど、いつまで使えるかもわからないしそもそも真っ当な方法ではないので万人におススメできる手段ではない。

なんとか合法的に学術論文にアクセスする方法はないだろうかと考え、放送大学入学という手段を思い付いた。放送大学の学生として電子ジャーナルアカウントを作成し、学術論文にアクセスできないだろうか。以下は選科履修生として入学した僕が試してみた放送大学からアクセス可能な出版社と各学術誌のリストである(僕が興味ある分野、生態学、動物学、海洋学あたりを中心にクリックしてチェックしただけなので、ここにリストしていないものは未チェック)

Springerは Marine Biology, Biodiversity and Conservation, Environmental Biology of Fishes, Oecologia, Biological Invasions, Evolutionary Biology, Evolutionary Ecology, Population Ecology, Limnology, Conservation Genetics Resources, Ecological Research, Hydrobiologia, Ichthyological Research, Journal of Ornithology, Polar Biology, Helgoland Marine Research, Landscape and Ecological Engineering, Wetlands Ecology and Management, Marine Biotechnology, The Science of Nature (Naturwissenschaften), Fisheries Science, Landscape Ecology…などなどチェックしたものはなんでも読める感じ。

一方で SpringerLinkからNature系列誌には飛べず、Nature本誌含め姉妹誌は全滅っぽい。Wileyも学内からのみ一部だけアクセス可能ということでほぼ全滅。ScienceとPNASもリンクなし、Royal Society, Oxford Journals, Taylor and Francis, BioOneも全滅。

Cambridgeは人文・社会科学分野パッケージの252タイトルのみ閲覧可能ということでJournal of the Marine Biological Association of the United Kingdomは読めなかった。

悪名高いElsevierに関しては読めたり読めなかったりでその傾向がよくわからない。
読めたものは以下(もちろん一部のみ)、
Molecular Phylogenetics and Evolution, Animal Behaviour, Biological Control, Trends in Ecology & Evolution, Zoologischer Anzeiger, Zoology, Marine Policy, Gene, Ecological Complexity, Ecological Genetics and Genomics, Journal of Insect Physiology, Journal of Thermal Biology, Journal of Human Evolution, Fungal Ecology, Mycoscience, Journal of Historical Geography, Mammalian Biology, Evolution and Human Behavior.

読めなかったものは以下、
Journal of Experimental Marine Biology and Ecology, Ecological Indicators, Biological Conservation, Current Biology, Water Research, Marine Pollution Bulletin, Gondwana Research, Palaeogeography Palaeoclimatology Palaeoecology, Marine Environmental Research, Marine Chemistry, Journal of Great Lakes Research, Journal of Theoretical Biology, Ecological Engineering, FEMS Microbiology Ecology, Journal of Sea Research.
特に分野に偏りがあるようにも思えず、雑誌チョイスの基準がよくわからない。Current BiologyとJournal of Experimental Marine Biology and Ecology, Marine Pollution Bulletinは読めると嬉しかったのだが。

放送大学には卒業を目指すガチ勢の全科履修生と、興味ある科目だけ履修する選科履修生、科目履修生とある。今回学術論文チェックをした僕は選科履修生で1年間の在学期間を許されている。電子ジャーナルアクセス権に全科と選科の違いはないようだ。1科目でも履修し続けていれば放送大学の学生である。2018年10月入学で、2科目4単位を履修中である。入学金9000円と2科目の授業料22000円で31000円だった。1単位5500円、1科目2単位11000円で半年間上記リストの学術論文アクセス権を入手できると考えると安いだろうか高いだろうか。


なおZootaxaは何をしても読めない模様(さいはぶでも入手不可
posted by かめふじ at 17:41| Comment(0) | 漫録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月05日

退院後の生活

入院生活は結局2週間におよび、7月10日に晴れて退院となった。入院生活中、そのほとんどを車椅子と歩行器に頼っており自力でまともに歩かない日々だった。そのため体重が5kgも落ちており、また下半身のどの筋肉もなくなっていて筋肉のクッションなく直接骨に触れてしまうという貧弱な体になってしまった。2週間歩かないだけで自力で歩くための筋力すらなくなるのか、着陸直後の宇宙飛行士とはこんな感覚であろうか、としょうもないことを考えていた。

入院生活といえばおそらく幼稚園に入る前くらいに小児喘息で入院したことがあるようなうっすらとした記憶がある程度で幸いにもこれまでの人生であまり縁のない生活を送ってきた。そのため、今回の入院を得がたい体験をした、と解釈することもできないことではないような気がしないでもない。その得がたい入院生活では、介護とは完全に専門技能なんだなぁという当たり前のことを再認識させられた。入院前には妻が起き上がりを手伝ってくれようとしたりいろいろ気を使わせてしまったけれども、正直体を預けるのが怖かった。歴戦の看護師さんたちは多少こちらが痛もうとも、最節約な形で起き上がらせてくれたり車椅子に乗せてくれたりした。これは個人の努力でどうにかなるもんではなく、プロがシフトを組んで回すものだ。これを家族に押し付けてはいけない、と数週間要介護おじさん生活を経験して強く思った。

さて、病院食は最低限これだけ食っとけ、という程度の内容で、とてもこんなものを食べていては回復など及ばぬ、今はとにかく肉を食べて筋肉を戻さねば、と退院直後の夜ご飯に焼肉を食べに行った。ひさしぶりにいただくたんぱく質の塊は生きているという実感を思い起こさせた。どの肉も美味で素晴らしかったのだが、特にレバーを口にしたときの「今俺の体が必要としているのはこれだ」という衝撃は感動的だった。美味い不味いの基準でなく、体に足りていないものが今補給されたのだという確かな確信。食事においてあのときのレバーを超える感動はしばらくなさそうだ。

怪我の実態としては、入院時腰回りにたまった血中の膿の数値(CRP)が最初20近くあったということだった。これは腰の膿が全身の臓器に転移してたら敗血症で死んでたかもしれないレベルだ、と医師から聞いた。入院前に3週間近く痛み止めを飲んでごまかしていたのだが、この薬の副作用で肝臓に著しくダメージがあったそうだ(血中のγ-GTPなる数字らしい)。この肝臓でよく転移しなかったものだ、あと2〜3日入院が遅かったら死んでいたかもしれない、というような趣旨のことを言われた。

現在は退院から3週間以上が経過し、日常生活レベルの移動に伴いふくらはぎやももの筋肉が少し戻ってきている。しかしまだ大腿筋の付け根あたりに痛みが残っており、寝ている状態からの起き上がりに特に痛みを感じる。また、一日生活している中で午前中はそこそこ歩けていても夕方になると疲れて歩くのが辛くなるなど著しい体力の低下を感じている。退院後は1週間もすれば運動できるようになるだろうと軽く考えていたのだが、まだ階段の上り下りにすら疲労を感じるレベルである。

先日、退院後2回目の血液検査を受けた。血中の膿の数値は1を完全に切り、数値としては健常者レベルに戻っているという嬉しい結果だった。一応、体内の膿は駆逐されたと解釈してもいいらしい。一日一錠で続けてきた飲み薬についてももう飲まなくてもよいという診断が下された。ただ、まだ大腿筋の付け根に痛みが残っていて、この痛みが完全に抜けるにはあと2〜3ヶ月かかるかもしれないと言われてしまった。軽くシャドーくらいなら、と試しに動いてみたものの、ちょっと腰をひねるだけで痛みが出てしまう。この痛みがある限りは走れもしないしトレーニングもできない。練習できなくなってもう2ヶ月が経過している。ボクシングできない日々がこれほどまでにストレスになるとは思わなかった。体を動かすことができずアドレナリンも出てこないため、論文読み書きの集中力もガタ落ちである。研究するには練習して体を動かさなければならない。これはこの5年ほどで身についてしまった習慣で、完全に体に染み付いてしまった。あと2〜3ヶ月は低空飛行が続きそうだ。

飲み薬の終了許可が下りたものの、痛みがある以上まだ膿が抜け切っていないのでは、と疑いを消せない。ここで薬を止めてまた化膿してしまっては困るので、あと2週間は飲み薬を続けたいと希望したところ、気になるなら飲んでもよいという許可を得たため、まだ飲み薬は続けている。

一刻も早くまたジムに行き、疲れ果ててアドレナリンドライブが始まるまで練習できるよう復活したいものだ。
posted by かめふじ at 01:43| Comment(0) | 漫録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月01日

入院生活

入院している。入院・退院と言うとまたどこぞの大学院に進学してしまったのかと言われがちな生活だが、今度は本当に病院に宿泊するあの入院生活中である。6月初旬、なんだか腰が痛むなぁ、これがギックリ腰というやつか、と4日ほど会社を休んで安静にしていたものの、それから復帰して1〜2週間、いっこうに腰の痛みが引く気配なく、ついにベッドからも起き上がることが困難になってしまった。
それまでは地元の整形外科でレントゲンを取り「骨にも筋肉にも異常はないね」などという診断をいただいていたのだが、あまりに様子がおかしいので総合病院に飛び込みMRIをとってもらった。結果としては化膿性関節炎ということで、最初に痛めた腰のあたりにばい菌が入ってしまい、そこが化膿して激痛が走るということだった。入院から一日また一日と肉体の稼動範囲が広がり、また起き上がり・移動にかかる痛みも軽くなっていく。自分が脊椎動物であり、回復機能を有しているのだ、という謎の感動に包まれている。
現在は残る膿を叩くためひたすら点滴で抗生物質を流し入れる処置を続けている。これが飲み薬による抗生物質でもいいでしょう、というレベルになったら退院のようだ。
posted by かめふじ at 13:49| Comment(0) | 漫録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月26日

ノーベル物理学賞受賞に関するぼくの貢献について

東京大学柏キャンパスにある宇宙線研究所の所長であるところの梶田隆章教授がノーベル賞を受賞しちゃったもんだから先日から柏キャンパスはノーベル賞フィーバーで「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」と これでもかというほど貼り紙があってですね。

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うーん、生協・学食のみならず海洋研の3階まで…


滅多にないことですし、この機会に今回のノーベル賞受賞の舞台裏に隠された重要なエピソードを一つここに紹介しようと思います。

僕は東大新領域の環境学専攻で修士課程を過ごしてまして、新領域ですから当然柏キャンパスかと思いきや当時はまだ柏キャンパスが未完成の状態。環境学の学生は本郷キャンパスの建物に点在している時代でした。僕などは環境学の中でも海洋コースだったものですから、本郷からさらに遠く、現在の大気海洋研究所として移転する前の海洋研究所@中野らへんにおりました(中野坂上、幡ケ谷、西新宿五丁目のどの最寄駅からも遠く不便な陸の孤島)。まぁこんなハナシはどうでもいいんですが、要するに僕が修士課程を過ごした2003-05年前後はまだまだ柏キャンパスも未完成の状態であったということです(TXもまだ通ってませんでした)。

さて、幸いにも実家から通える範囲内であったので経済的な問題はそれほどなかった修士課程の僕ですが、やはり沖縄にはときどき帰りたい、本だって読みたいものはいろいろある、ということでアルバイトもちょこちょことしておりました。学部時代には某建設コンサル沖縄事務所の現場作業で山だの川だの圃場だので調査だウェーイと楽しくバイトしていたものの、某建設コンサルの東京本社で再びバイトを始めるとなんだかデスクワークが多くて眠くなるばかりです。どうせバイトするなら体を動かしていたい、そんなわけで肉体労働派遣バイトなどもしておりました。一日現場入って日給8000〜9000円前後だったでしょうか。たいていはどこぞのテナントの解体やら大きなビルの建材揚重なんですが、ある日事務所に行くと「今日の現場は柏ね」と言い渡されます。だいたい新宿渋谷六本木、たまにお台場の現場があるくらいで山手線の外に出ることは滅多にないのですが珍しいこともあるもんだな、とハイエースに乗って現場に到着するとそこは柏キャンパス。えーと 俺、そこの学生なんだけど…(環境棟はまだできてないけど)。

「今日の現場は東大宇宙線研究所の内装です」

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↑宇宙線研究所

宇宙線研究所の裏にプレハブの飯場があって、そこで職人さんたちに挨拶するんですが、「いや俺ここの学生のはずなんですけど なんかよくわからんけどこっちに回されちゃって…」とかてきとうなこと言ってたら「俺、動いてる東大生とか初めて見た」とか職人さんたちにめちゃくちゃウケて大変な現場でした。

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↑飯場跡は現在駐輪場になっているようです


で、何が言いたいかというとですね、そのノーベル賞の舞台?となった宇宙線研究所の5階の壁、

俺が塗ったんすよ。

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↑10年くらい前だからあんまりよく覚えてないけどたぶんこの壁。

というわけで僕が壁塗った研究所でよくぞやってくれた、僕が塗った美しい壁がノーベル賞に繋がる理知的な空気を醸し出したに違いない、僕の壁塗りがなかったら今回のノーベル賞もなかったかもしれない、と今回のノーベル賞受賞を我が事のようにとても嬉しく誇りに思っています。

梶田先生、ノーベル賞受賞おめでとうございます!


…ちなみに今僕がいる大気海洋研究所は当時まだ完全に更地で、お隣の環境棟はようやく地盤掘って基礎を打とうとしているような状態でした。

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↑この写真に写ってるところ全部更地でした。立派になったもんですなぁ。


【追記】
kasiwa.jpg-large
↑古いHDDから柏キャンパス壁塗り現場のとき携帯で撮影したと思われる「20040718環境学棟予定地」と名付けられたBMPファイルが出てきた。
posted by かめふじ at 13:42| Comment(0) | 漫録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする