分類学に関する教科書は既に良書も何冊か出版されており、これから分類学を学ぼうとする方にも学習環境は整備されている。特に著者の最初の指導教官にあたる柁原宏先生が日本語に訳してくれたWinston著「種を記載する 生物学者のための実際的な分類手順」(原題:Describing species. 原著PDFはresearchgateからDL可)は日本語で出版されている分類学の教科書として最高の一冊であり、僕自身「種を記載する」を指導教官として博士論文を書いたと言っても過言ではない。しかし、初学者が分類学者として成長していく過程を描いた本はこれまでにない。師匠の教科書と弟子の成長記を合わせて読むことで、分類学の現場をよりリアルに感じることができるようになったとも言える。著者のあとがきに『分類学の、失敗も踏まえた「実践の記録」を、一般向けの書籍として残しておきたかった』とあるけれども、その狙いは十分に成功している。
ここまで本書の魅力を紹介してきたが、一点だけ多くの場合事実と異なるであろう記述があったのでそこだけ指摘しておきたい。著者は先ほど紹介した「種を記載する」を訳した柁原先生の
「文献集めはボディブローのように後から効いてくる」
という教えを守ることで単なる同定作業から分類学という学問へと昇華していく様子を表現しているが、ボディブローが後からじわじわ効いてくるのは「普段からボディを打たれる練習も含めて腹筋を鍛えている人間」であり、我々素人が実際にボディなんぞ打たれようものなら一発でオチる、ということだ。これは現役プロ選手を含む友人たちに僕自身がスパーリングの相手をしてもらって実際に体験したことであり、多くの大学院生にとってもそうなるであろうことと思われる。今後はボディブローに代わるより適切な表現でこの教えを後輩たちに伝えていってほしい。
追記:ボディブローについて
「ボディ一発でみっともなく倒されることがないよう、普段から鍛錬しておくことが肝要である」
という意味であれば的を得た表現ではないか、と考え直した。確かに論文を投稿して、査読者から「この文献読んでないの?」の一言でリジェクトを喰らってしまってはそれは研究者としてみっともない姿であり、ボクシングで表現すればそれはただ単純に鍛錬が足りないというだけである。そのようなつまらない指摘一発で倒されることがないよう、プロの研究者ならば普段から鍛錬を積み文献収集に励まなければならない、という意味であればボディブローというのは実に適切な表現だな、という解釈を得たことをここに追記しておきたい。


(絶版だ…!こんな良書が…!!)