2016年06月26日

『深海生物テヅルモヅルの謎を追え!: 系統分類から進化を探る』

フィールドの生物学シリーズを全部読んだわけではないけれども、僕がこれまでに読んだ中では最も王道な分類学をしている一冊である。著者は系統分類学と表現するが、これはまぎれもなく分類学そのものである。分類学者がランパー(一括主義者)とスプリッター(細分主義者)に二分されるのは広く知られるところであるが、本書の著者は完全にスプリッターである。ただ、そのスプリットに際しては必ず形態形質の記載を伴う。根拠となる形態形質を定義しなければ高次分類階級の記載はすべきでない(もちろん種レベルでも)。どんな系統解析の結果が出ても、形態の定義づけができない以上は既存の分類体系に従うべきであるし、分ける根拠がない以上は新タクソンの記載もすべきではない。『これまでの分類学で提唱された高次分類階級と異なる結果が系統解析で出た、形態はよく見てないけどコレとソレが単系統になったので一つの高次分類群として新しく認めます』という「雑」な仕事が散見される中、著者は系統解析の結果を支持する形態形質を執拗とも思える執念で見つけ出す。ただ自分の名を残すためだけにむやみに高次分類群を提唱する雑な系統分類学的命名行為が蔓延る中で、著者の一連の仕事は極めて王道かつ正当な分類学である。

分類学に関する教科書は既に良書も何冊か出版されており、これから分類学を学ぼうとする方にも学習環境は整備されている。特に著者の最初の指導教官にあたる柁原宏先生が日本語に訳してくれたWinston著「種を記載する 生物学者のための実際的な分類手順」(原題:Describing species. 原著PDFはresearchgateからDL可)は日本語で出版されている分類学の教科書として最高の一冊であり、僕自身「種を記載する」を指導教官として博士論文を書いたと言っても過言ではない。しかし、初学者が分類学者として成長していく過程を描いた本はこれまでにない。師匠の教科書と弟子の成長記を合わせて読むことで、分類学の現場をよりリアルに感じることができるようになったとも言える。著者のあとがきに『分類学の、失敗も踏まえた「実践の記録」を、一般向けの書籍として残しておきたかった』とあるけれども、その狙いは十分に成功している。

ここまで本書の魅力を紹介してきたが、一点だけ多くの場合事実と異なるであろう記述があったのでそこだけ指摘しておきたい。著者は先ほど紹介した「種を記載する」を訳した柁原先生の
「文献集めはボディブローのように後から効いてくる」
という教えを守ることで単なる同定作業から分類学という学問へと昇華していく様子を表現しているが、ボディブローが後からじわじわ効いてくるのは「普段からボディを打たれる練習も含めて腹筋を鍛えている人間」であり、我々素人が実際にボディなんぞ打たれようものなら一発でオチる、ということだ。これは現役プロ選手を含む友人たちに僕自身がスパーリングの相手をしてもらって実際に体験したことであり、多くの大学院生にとってもそうなるであろうことと思われる。今後はボディブローに代わるより適切な表現でこの教えを後輩たちに伝えていってほしい。


追記:ボディブローについて
「ボディ一発でみっともなく倒されることがないよう、普段から鍛錬しておくことが肝要である」
という意味であれば的を得た表現ではないか、と考え直した。確かに論文を投稿して、査読者から「この文献読んでないの?」の一言でリジェクトを喰らってしまってはそれは研究者としてみっともない姿であり、ボクシングで表現すればそれはただ単純に鍛錬が足りないというだけである。そのようなつまらない指摘一発で倒されることがないよう、プロの研究者ならば普段から鍛錬を積み文献収集に励まなければならない、という意味であればボディブローというのは実に適切な表現だな、という解釈を得たことをここに追記しておきたい。


深海生物テヅルモヅルの謎を追え!: 系統分類から進化を探る (フィールドの生物学) -


種を記載する 生物学者のための実際的な分類手順

(絶版だ…!こんな良書が…!!)


posted by かめふじ at 01:05| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする