2015年10月26日

ノーベル物理学賞受賞に関するぼくの貢献について

東京大学柏キャンパスにある宇宙線研究所の所長であるところの梶田隆章教授がノーベル賞を受賞しちゃったもんだから先日から柏キャンパスはノーベル賞フィーバーで「おめでとうございます」「おめでとうございます」「おめでとうございます」と これでもかというほど貼り紙があってですね。

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うーん、生協・学食のみならず海洋研の3階まで…


滅多にないことですし、この機会に今回のノーベル賞受賞の舞台裏に隠された重要なエピソードを一つここに紹介しようと思います。

僕は東大新領域の環境学専攻で修士課程を過ごしてまして、新領域ですから当然柏キャンパスかと思いきや当時はまだ柏キャンパスが未完成の状態。環境学の学生は本郷キャンパスの建物に点在している時代でした。僕などは環境学の中でも海洋コースだったものですから、本郷からさらに遠く、現在の大気海洋研究所として移転する前の海洋研究所@中野らへんにおりました(中野坂上、幡ケ谷、西新宿五丁目のどの最寄駅からも遠く不便な陸の孤島)。まぁこんなハナシはどうでもいいんですが、要するに僕が修士課程を過ごした2003-05年前後はまだまだ柏キャンパスも未完成の状態であったということです(TXもまだ通ってませんでした)。

さて、幸いにも実家から通える範囲内であったので経済的な問題はそれほどなかった修士課程の僕ですが、やはり沖縄にはときどき帰りたい、本だって読みたいものはいろいろある、ということでアルバイトもちょこちょことしておりました。学部時代には某建設コンサル沖縄事務所の現場作業で山だの川だの圃場だので調査だウェーイと楽しくバイトしていたものの、某建設コンサルの東京本社で再びバイトを始めるとなんだかデスクワークが多くて眠くなるばかりです。どうせバイトするなら体を動かしていたい、そんなわけで肉体労働派遣バイトなどもしておりました。一日現場入って日給8000〜9000円前後だったでしょうか。たいていはどこぞのテナントの解体やら大きなビルの建材揚重なんですが、ある日事務所に行くと「今日の現場は柏ね」と言い渡されます。だいたい新宿渋谷六本木、たまにお台場の現場があるくらいで山手線の外に出ることは滅多にないのですが珍しいこともあるもんだな、とハイエースに乗って現場に到着するとそこは柏キャンパス。えーと 俺、そこの学生なんだけど…(環境棟はまだできてないけど)。

「今日の現場は東大宇宙線研究所の内装です」

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↑宇宙線研究所

宇宙線研究所の裏にプレハブの飯場があって、そこで職人さんたちに挨拶するんですが、「いや俺ここの学生のはずなんですけど なんかよくわからんけどこっちに回されちゃって…」とかてきとうなこと言ってたら「俺、動いてる東大生とか初めて見た」とか職人さんたちにめちゃくちゃウケて大変な現場でした。

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↑飯場跡は現在駐輪場になっているようです


で、何が言いたいかというとですね、そのノーベル賞の舞台?となった宇宙線研究所の5階の壁、

俺が塗ったんすよ。

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↑10年くらい前だからあんまりよく覚えてないけどたぶんこの壁。

というわけで僕が壁塗った研究所でよくぞやってくれた、僕が塗った美しい壁がノーベル賞に繋がる理知的な空気を醸し出したに違いない、僕の壁塗りがなかったら今回のノーベル賞もなかったかもしれない、と今回のノーベル賞受賞を我が事のようにとても嬉しく誇りに思っています。

梶田先生、ノーベル賞受賞おめでとうございます!


…ちなみに今僕がいる大気海洋研究所は当時まだ完全に更地で、お隣の環境棟はようやく地盤掘って基礎を打とうとしているような状態でした。

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↑この写真に写ってるところ全部更地でした。立派になったもんですなぁ。


【追記】
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↑古いHDDから柏キャンパス壁塗り現場のとき携帯で撮影したと思われる「20040718環境学棟予定地」と名付けられたBMPファイルが出てきた。
posted by かめふじ at 13:42| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする