2013年06月27日

科学帝国丸腰歩兵

 分類学はタクソンを非科学世界から科学世界へと運ぶ。これは国家が未開の地へと侵略して必要なものを略奪してくるようなもので、これを侵略戦争と位置づければ分類学者はその前線に立って素手で奮闘している兵士である。
 このアナロジーで唯一分類学者が兵士と異なる点は、国家の擁する兵士は国家構造体の中心に位置する大本営からの情報と指令で動くのに対して、分類学者は未開の前線を目の当たりにして誰からの指令も受けず、自ら情報を収集して作戦を立てて戦うことである。分類学の仕事が基本的なのは、きわめて限られた情報の元、あるいはほとんど情報ゼロから開始しなければならないことからも明らかであり、その困難さは派生研究者、つまり未開に面した前線に立ったことがないエスタブリッシュメントには想像しがたいだろう。分類学者には、フロンティアスピリットに加えて、後ろ盾を欲しない孤立無援性が資質として要求される。このことは翻って分類学者どうしの統合を困難にする。

動物分類学30講(馬渡峻輔著、朝倉書店)より

>分類学者には、フロンティアスピリットに加えて、後ろ盾を欲しない孤立無援性が資質として要求される。このことは翻って分類学者どうしの統合を困難にする。

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確かにそうした気質が分類学を扱う研究者に多いのは事実ですが、最近は「若手分類学者の会」というMLで各分類群を対象にした若手研究者が命名規約について議論して年に何回か勉強会を開いていたりもするのですお。分類学者、というのではなくて、分類学が生物学者の必修科目的存在になるのがいいと思います。

こう表現すると分類学と分子系統学は全くの別物であるということがよくわかりますね。
posted by かめふじ at 01:26| Comment(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする