
ザトウクジラといえばオニフジツボである。このオニフジツボは、わりと形が現生と変わらないものが中新世から化石で見つかっているだけでなく、大きくて硬いため化石にも残りやすく、メルカリやヤフオクで好事家が採集したオニフジツボ化石が売りに出されているのを見かけることもある(国産品は更新世のものが多いようだ)。僕も大学院生のとき、沖縄で台風のあとにサメの歯化石を探しに遊びに行ったときにオニフジツボ化石を拾ったことがある。

↑台風のあとに海岸で拾ったオニフジツボ化石。洗い出されてきたものなので産出年代はわからないが、まぁたぶんそんな昔ではなく更新世とかだと思う。
今回は千葉県立博物館分館海の博物館でオニフジツボの生体展示という珍しい展示になり、好事家の間で話題になった。
クジラの体についていたオニフジツボの生体展示が、2回目の土曜日を迎えました! フジツボたちはがんばってくれていますが、今週末が“山場”になってしまうかもしれません。珍しいこの機会をお見逃しなく!#ザトウクジラ #鯨 #漂着 #甲殻類 #藤壺 #激レア #期間限定 pic.twitter.com/FYVbnKVLgC
— 千葉県立中央博物館分館海の博物館 (@umihaku) January 27, 2024
残念ながら飼育記録は11日間で途絶えてしまったようだが、僕が思っていたよりも多くの方がこの珍しいフジツボに興味を持ち、博物館まで足を運んだようだ。この生態展示をした海博を含め、今回のザトウクジラ漂着でお世話になったみなさま、また現場でお話しした方々からいろいろオニフジツボに関する質問をいただいたので、あまり知られていない鯨類に特異的に付着するオニフジツボ類について、明らかになっていることをいくつか紹介しようと思う。
まず、よく聞かれるのはオニフジツボはどのようにクジラに付着しているのか?だ。この質問には2通りの問が含まれている。
1つ目は、どうやってクジラという基盤を探して付着するのか、という着底のタイミングに関するもの。
2つ目は、クジラに付着したあと、普通のフジツボみたいに接着剤みたいなのでくっついているのか?という質問だ。
1つ目の問いについては、正直よくわからない。2005年、千葉県千倉町に漂着したザトウクジラに付着するオニフジツボを採集し、生きたまま持ち帰った人がいる。電力中央研究所の野方さんだ。発電所は冷却水の配管中にフジツボが付着して流れを遮ってしまうため、このフジツボの付着メカニズムを研究するグループがある。このとき、生きたまま持ち帰ったオニフジツボから幼生が出てきたという。オニフジツボ幼生の貴重な飼育記録として、この成果は論文化されている(Nogata & Matsumura, 2006, Biol. Lett.)。この論文によると、水温が20〜25度あればオニフジツボのノープリウス幼生は順調に成長するが、15度くらいの低水温だと生残が悪いことが報告されている。また餌をばくばく食べて成長するノープリウス幼生は1期から6期まで脱皮を繰り返して成長するが、そのあとは採餌することなく付着基盤を探すだけのキプリス幼生に変態する。このキプリス幼生がいつまで経っても着底しないのだが、クジラの肉片をシャーレに入れてやったら途端にガラスシャーレに着底してフジツボになったという。付着基盤は肉片でなくてもいいらしく、クジラの肉片から出るなんらかのケミカルシグナルをキャッチして「クジラがいるぞ!つかなきゃ!」とトリガーになってガラスシャーレに付着したようだ。一方、宿主であるザトウクジラは餌の豊富なベーリング海など北太平洋からはるばる大回遊してやってきた沖縄や小笠原などの亜熱帯海域でザトウクジラは繁殖期を迎える。これらのことから推察されるのは、繁殖域にザトウクジラが集まってきて付着基盤がたくさんいるタイミングでおそらくオニフジツボも幼生を放出し、繁殖しているのではないかということだ。なので、一頭のザトウクジラに付着するオニフジツボ集団は、クジラの親子感染のような形で付着しているのではなく、繁殖海域に放出された複数の親由来のオニフジツボ集団で、同じクジラに付着しているオニフジツボ同士だからといって類縁関係にあるわけでもないだろうということは言えそうだ。
2つ目の問いについては、普通のフジツボのような水中接着剤で付着しているわけではないようだ、という回答になる。ここに示したのはオニフジツボの断面標本である(Seilacher, 2005より)。白い石灰質の殻の中に黒い組織が詰まっているのが見えるだろう。この黒い部分はオニフジツボ由来の組織ではなく、宿主であるザトウクジラの皮膚だ。
オニフジツボは着底するとクジラの皮膚を掴むような感じで石灰質の殻を形成する。成長するに従ってフジツボの下方向に新しい殻を作っていく。その成長の過程で、本来垢として落ちていくであろうクジラの表皮を巻き込んでいく。オニフジツボ断面の上の方に残る皮膚は、着底直後に表皮だった部分だ。フジツボの外のクジラ表皮は垢として剥がれて落ち、下から新しい皮膚が生産されていく。そのため、オニフジツボはクジラの表皮・肉を巻き込む形でガッチリと食い込んでおり、普通のフジツボのようにハンマーやタガネで叩けば落ちるというわけではなくクジラの表皮ごとナイフなどで切り出す必要がある。そのため、ウミガメからカメフジツボを採集するのとはわけが違って、生きたクジラからのオニフジツボ採集はあまり現実味がない。この付着様式については Seilacher (2005) に美しいスケッチでわかりやすく示されているので、興味があれば是非図だけでもご覧いただきたい。
他にもこんな質問も多くいただく。クジラに付くフジツボはそのへんで見かけるフジツボとは違うのか?
これは「違う」と明確に回答できる。クジラに付着するフジツボは僕が調べた限り、クジラ以外からは記録がない。魚類、アザラシなどの鰭脚類、ウミガメなどなど、大型の海棲生物はいろいろいるが、鯨類以外に記録はない。
鯨類に付着するフジツボ類は、オニフジツボ Coronula diadema、ヒラタオニフジツボ Coronula reginae、ハイザラフジツボ、Cryptolepas rhachianecti、エボシフジツボ Xenobalanus globicipitis、和名なし Cetopirus complenatus、和名なし Tubicinella majorの6種が知られている(化石種除く)。このうち4種は日本で採集できたが、和名のない2種についてはまだその機会がない。これらのフジツボ類については博士論文の一部として、遺伝子の塩基配列情報を用いた分子系統解析をした。その結果、まるでフジツボらしさのないエボシフジツボなんてものまでいるのだけど、これらの鯨類から採集されるフジツボ類は、ウミガメに付着するフジツボ類から派生した単系統のグループであることが明らかになっている (Hayashi et al., 2013, Mol. Phylogenet. Evol.)。この系統樹に化石記録の年代制約を与えた分岐年代推定では、このクジラに付着するグループはだいたい中新世に分岐したグループで、これは化石記録とも整合性のある結果となっている。
また、フジツボがクジラに付着することでどのようなメリットがあるのか?という質問も多くいただく。本来フジツボ類は三角形の殻の中に4枚の蓋板を持っている。これは、潮間帯であれば干潮時の乾燥から身を守るため、またヒザラガイやらカニやらとやってくる捕食者から身を守るためだ。

↑フジツボ界のモデル生物、タテジマフジツボ Amphibalanus amphitrite。
これについてはウミガメに付着するカメフジツボ類も同じ傾向があるのだけど、クジラに付着するオニフジツボではこの蓋板の構造がとても貧弱で、まったく防御しようという気迫が感じられない。これはおそらく、ウミガメやクジラの上についている限り捕食者がやってくることはないし、また海から出ることもないので乾燥から身を守る必要もないため退化していったのだろうと考えられている。

↑ウミガメに付着するカメフジツボ Chelonibia testudinaria。一応4枚の蓋板はあるけどほとんどが膜になってて防御力が極端に低そう。

↑ザトウクジラに付着するオニフジツボ Coronula diadema と コククジラに特異的に付着するハイザラフジツボ Cryptolepas rhachianecti。
ハイザラフジツボはだいぶやる気がないなりにもまだギリギリ蓋板を4枚維持しているが、今回のザトウクジラに付着するオニフジツボはそのうち2枚が退化して消失している。さらにエボシフジツボなどは石灰質の4枚の殻は完全に退化して失われている。

↑エボシフジツボ Xenobalanus globicipitis。スジエボシっぽさすら感じさせる本体がカメフジツボやオニフジツボの開口部にある膜の部分で、フジツボ本体はそこに収納されている。石灰質の蓋板は4枚とも消失し、フジツボ本来の殻は根元に残っているだけだ。
このように、フジツボ的にはウミガメやクジラに特異的に付着することで、捕食者や乾燥から身を守る必要がなくなった、というメリットがあるのだと考えられている。
一方で、フジツボに付着されるクジラにはなにかメリットがあるのか?という質問も当然出てくる。これについては2008年に発表された論文である仮説が提唱されている(Ford & Reeves, 2008, Mamm. Rev.)。この論文は、フジツボが付着する鯨類はザトウクジラやコククジラ、セミクジラといったずんぐりむっくりして泳ぐのが遅いものが多い一方、スレンダーな体に大きな尾びれを持ち、体を大きく振って速く泳ぐことができるナガスクジラやシロナガスクジラ、イワシクジラなどにはあまりフジツボが見られないことを指摘している。これらのことから、海洋生態系の最上位捕食者であるシャチに対して、泳ぐのが速い種類は逃げて身を守るしずんぐりむっくりして泳ぐのが遅い種はこのかたいオニフジツボを付けてシャチをぶんなぐって反撃しているのだ、という内容だ。コククジラに付くハイザラフジツボも、そのフジツボがたくさんついている側をシールドにしてシャチの攻撃から身を守っているという「ホントかよ」的な考察がされている。一応フォローしておくが、この論文は思いつきを言ってみただけではなく、実際にオニフジツボでシャチに反撃している例などの記録を集めてリストしている。また、論文とは関係ないものの、以前小笠原でホエールウォッチングの方に「オス同士がオニフジツボぶつけあって血まみれになってケンカしている」というハナシを聞いたことがある。どうやらザトウクジラは体に固いナックルのようなものが装着されているのを自覚して、それを積極的に闘争に使っているようだ。
あと、飼育にあたって重要なのはオニフジツボが何を食べているのか?という点だ。今回、県博で採集した標本の一部を譲っていただくことができ、その際に飼育中のオニフジツボを見ながらそんな質問を受けた。ぶっちゃけわかんない。
ただ、僕的に考えているのは、普通のフジツボとは違うモノも食べているのではないかということだ。フジツボ類一般は net feeder と呼ばれ、本来エビカニが移動に利用する脚を逆立ちして広げることで、そこにひっかかる海中の懸濁物を食べているとされる。そのため、蔓脚はわりと細く長い構造をしているが、オニフジツボやハイザラフジツボはやたらとこの蔓脚が太く短く頑健な構造をしている。

↑カメフジツボとオニフジツボがそれぞれ蔓脚を広げる様子。オニフジツボはとても net feeder と呼べるような脚ではなさそうに見える。

↑両種の蔓脚をスケッチに起こしたもの。カメフジツボの蔓脚はそこらへんにいる一般的なフジツボとあまり変わらないが、オニフジツボの蔓脚はやたら太く短い。これは同じく鯨類に特異的に付着するハイザラフジツボ、エボシフジツボも同様だ(Hayashi, 2012, JMBA)。
フジツボ類の蔓脚については、波浪の激しいところに付着する個体と内海の穏やかな環境に付着する個体では同種でも蔓脚の長さ・太さが可塑的に異なることが知られている(Marchinko & Palmer, 2003, Zoology)。クジラの体表面に付着するということはそれなりに強い水流を受けることだろう。そのために太く短い蔓脚を持つようになったのではないか。また、これは完全に妄想だけど、ザトウクジラたちが餌場とする北太平洋などの寒冷な海域ではオキアミなどのプランクトンを食べているという。普通のフジツボではオキアミなんか食べられないだろうけど、オニフジツボたちの太く短い蔓脚ならオキアミくらいなら捕まえて食べてしまえるのではないだろうか。
というわけでオニフジツボの生活史について、いくつかの研究例を通して紹介してみた。今回、海博でオニフジツボの生体飼育展示という非常に珍しい展示があったわけだが、残念ながら2週間に届かないくらいで飼育は終わってしまった。たぶんだけど、オニフジツボ長期飼育の困難さには2つの要因がある。1つはオニフジツボの付着メカニズムによるものだ。先述の通り、オニフジツボはクジラの皮膚に食い込んで付着している。そのため、どうしても水槽内にクジラの皮膚は残ってしまう。死んでしまったクジラの皮膚はあとは腐る一方なので、水槽の水をものすごい速さで汚していく。
↑2005年、東京湾に迷い込んで死んでしまったコククジラに付着するハイザラフジツボ(当時和名なし)を沼と二人で飼おうとした結果。一晩で信じられないほど水が汚れる。もう20年近く前のハナシなので詳細は覚えてないが、たぶん3日も持たずに全滅したと思う。
クジラの脂で水質の悪化し、フジツボが弱ってしまうのが最も大きな要因だろう。今回、海博では開館時間は展示水槽内で、閉館後はバックヤードのかけ流し水槽に入れてキープしていたのだけど、やはり半日を水槽で過ごすことによるダメージが大きいのだろうと思う。もう1点は何食ってるかわからないというところだ。アルテミアを水槽に入れてやるとオニフジツボの動きが少し活発になるとのことだったが、あの太く頑健な蔓脚は他のフジツボ類のようにアルテミアをきちんとキャッチできるのだろうか。餌がわからないので弱っていく、というのも飼育の難しさの一つかもしれない。ただ長生きさせるだけなら水温を落としてやれば代謝が落ちるので長生きはするだろうが、そうすると動きもしなくなるので生体展示の意味もあまりない。
ついでにオニフジツボが付いていなかったザトウクジラのハナシを思い出したのでここに紹介したい。もう10年以上前のことだが、正月早々にザトウクジラが小田原に漂着したことがあった。

このときは正月休み中で自治体と調整がつかず、結局解剖には参加できなかったのだけど、現場で簡単な外部計測だけはすることができた。この個体はこれまで見た中でも最も小さい個体で、6.87mだった。生まれたばかりというわけでもないだろうが、生後半年以内程度ではないだろうか。本来2〜3月に亜熱帯海域で繁殖するはずのザトウクジラが、こんな時期にこんなサイズで漂着するなんてことは考えにくい。しかし、これも付着生物を見ることである程度整合性のある解釈ができる。この個体には1つもオニフジツボが付いていなかったのだ。漂着死体の多くは死後時間が経過していて、表皮が落ちてフジツボが残っていないということもあるが、この個体はとてもきれいで表皮の脱落もなかった。僕が見てついていなかったのだから、本当に間違いなく1つもオニフジツボの付着はなかった。先ほども紹介した通り、オニフジツボは水温20度くらいはないと生残が悪い。そのため、ベーリングのような寒い海域で新たに付着することはないだろう。生後半年程度と思われるこの7m程度の小さなザトウクジラは、おそらく出産時期が遅れて7〜8月に餌場である北太平洋で生まれてしまったイレギュラーな個体なのではないか。そして、まだ体もできていない状態で亜熱帯海域を目指す途中、目的地に着く前に母親とはぐれて死んでしまった。オニフジツボが1つも付着していないということは、この個体がこれまで一度も温暖な亜熱帯海域を体験していないことを示していると考えることができるのだ。付着生物なんか研究して何になるの、とはよく言われるが、こんな風に付着生物を通して初めて見えるクジラの生活史というものもある。
実際、太平洋の反対側では40年以上前にコククジラに付着するハイザラフジツボの酸素同位体を見ることで経験水温を推定し、その結果が宿主であるコククジラたちの回遊ルートとおおよそ一致するという研究が発表されている(Killingley, 1980, Science)。また、Bianucci et al. 2006では、現在ザトウクジラがいるわけでもない地中海(偶発的に見られることはあるらしい)からオニフジツボの化石が産出したことから、過去にはザトウクジラが地中海を繁殖海域としていたのではないかと議論している。
↑Bianucci et al., 2006より、現生ザトウクジラ個体群の採餌海域・繁殖海域の回遊ルートおよびオニフジツボ化石産出記録
同様に、台湾や日本から産出したオニフジツボ化石標本から、過去にもザトウクジラが回遊していたのだろうという研究のほか(Buckeridge et al. 2019, Zoo. Stud.)、現生・化石のオニフジツボに含まれる酸素同位体から過去のクジラたちの回遊ルートを推定するという成果も発表されている (Collareta et al., 2018, Neues Jahrb Geol Palaontol Abh; Taylor et al. 2019, PNAS)。このように、化石にも残りやすく頑丈なオニフジツボは過去のクジラの生活史解明にも活用されている。
オニフジツボはその大きさから食べられるのではないか、という質問もいただいた。実際、江戸時代に編纂されたクジラ調理本「勇魚取絵詞」(小山田, 1829)では、
虱 (クジラジラミ)
虱は鈴虫ほどにして黄黒也。
蜘の足短くして平み付たるがごとし。
背美鯨の茶臼山、目の上、
座頭鯨の鰭尾羽毛陰門の間に付也。
是は食用にせず。
牡蠣 (ミミエボシ)
牡蠣長さ三、四寸、上皮和らかにして臼桃色也。
食用によし。
背美鯨に所々白章有は皆牡蠣の付たる也。
瀬 (オニフジツボ)
瀬は小猪口ほど有。磯に有ものと同じ。
五、六角にして上皮堅く色白し。
身は食ふべし。是も牡蠣と同様に付たり。
と、当時の人たちがクジラの付着生物まで食用として利用していたことが記録されている。
そこで、2011年に熱海で大量に採集できたオニフジツボのうち1個体を塩ゆでにしてみたのだけど、殻の大きさのわりにほとんどがクジラの表皮を掴むための構造で、フジツボ自体はたいした大きさがない。

また、先述の通り蓋板が非常に貧弱なので、これを動かすための筋肉もない(食用にされるフジツボ類(ミネフジツボやピコロコなど)はこの筋肉を食べる)。そのため、食べるところがフジツボ本体しかなく、一緒にこれを食べた後輩の言葉を借りれば「カニの一番不味いところの味がする」というものであった。
ちなみに、この江戸時代の本草学資料に残るクジラとフジツボの記録についても一応査読付き論文として発表しているので(Hayashi, 2014, Ecol. Indic.)、もし興味がある方がいればPDFヨコセmailを送ってください。
最後に、僕が把握している限りのオニフジツボの採集に関する注意点を少々。
鯨類の死体はデカい。そのため、ウミガメの死体のように個人でがんばって砂浜に穴を掘って埋めて処分するというようなことはあまり現実的でない。だいたい、漂着してしまった自治体が対応して処分することになる。この中で、日本鯨類研究所が実施する寄鯨調査事業というものがある。
この事業を利用すると、いきなり漂着されて困ってしまう自治体にも適切な処理方法を指導してもらえるというわけだ。ただ、この寄鯨調査事業では、調査項目に「外形写真等形態情報」が含まれている。先述の通り、オニフジツボはクジラの皮膚に深く埋まっているため、採取すると外観が変わってしまう。そうすると、適切なデータが得られず調査が不十分なものとなってしまうため、寄鯨調査事業を自治体が利用できなくなってしまう可能性がある。また、「水産庁 鯨類座礁対処マニュアル(令和4年度改訂版)」に以下の通り注意事項が記されている。
エ 鯨体及び残滓の処理
@ 鯨体の一部を利用した場合 鯨体の一部を学術利用、食用利用、事業活動の用に供する目的で利用した場合には、当該利用者が当該鯨体の残滓を自らの責任において適正に処理しなければならない。したがって、座礁対処責任者は利用者に対し、適切な指導と調整を行うこととする。また、当該鯨体の残滓が多量となる場合には、市町村長は、利用者に対し、当該鯨体の残滓の減量に関する計画の作成、当該鯨体の残滓を運搬すべき場所及びその運搬の方法その他必要な事項を指示することができる。
許可なく勝手にフジツボを採集してしまうと「自らの責任において適正に処理しなければならない当該利用者」になってしまう。どう考えてもこんな大物を個人で処分するのは不可能であるため、関連研究機関との調整を経てから採集した方がいいだろう。今回、ツイッターで見かけた初期の漂着死体には多くのオニフジツボが付着していたが、実際に調査が行われた18日にはほとんど採取されたあとだった。この事前に採取されたものの一部は生態展示された海博と、地元に住む科博のボランティアの方による採集だったのだけど、それだけで採れる量ではなかったように推察される。おそらく見学の方がこうしたマニュアルを知らずに採集していったのだろうと思うのだが、このようなリスクがあることは知っておいた方がよいと思うので最後に紹介した。
そんなわけでこれまでに発表されたオニフジツボに関する情報を紹介したわけだが、今回採集させてもらったオニフジツボも現在準備中のいくつかの論文で使わせてもらおうと思っている。少なくともそのうち1本は今年中には投稿して受理までもっていきたいなぁ…と思っている。
参考文献
・Bianucci G, Landini W, Buckeridge J (2006) Whale barnacles and Neogene cetacean migration routes. New Zealand Journal of Geology and Geophysics, 49(1), 115-120.
・Buckeridge JS, Chan BKK, Lin JP (2019) Paleontological studies of whale barnacles in Taiwan reveal new cetacean migration routes in the western Pacific since the Miocene. Zoological Studies, 58.
・Collareta A, Regattieri E, Zanchetta G, Lambert O, Catanzariti R, Bosselaers M, Covelo P, Varola A, Bianucci G (2018) New insights on ancient cetacean movement patterns from oxygen-isotope analyses of a Mediterranean Pleistocene whale barnacle. Neues Jahrbuch für Geologie und Paläontologie, 288(2), 143-159.
・Ford JKB, Reeves RR (2008) Fight or flight: antipredator strategies of baleen whales. Mammal Review 38, 50-86.
・Hayashi R (2012) Atlas of the barnacles on marine vertebrates in Japanese waters including taxonomic review of superfamily Coronuloidea (Cirripedia: Thoracica). Journal of the Marine Biological Association of the United Kingdom, 92(1), 107-127.
・Hayashi R (2014) Past biodiversity: historical Japanese illustrations document the distribution of whales and their epibiotic barnacles. Ecological Indicators, 45, 687-691.
・Hayashi R, Chan BKK, Simon-Blecher N, Watanabe H, Guy-Haim T, Yonezawa T, Levy Y, Shuto T, Achituv Y (2013) Phylogenetic position and evolutionary history of the turtle and whale barnacles (Cirripedia: Balanomorpha: Coronuloidea). Molecular Phylogenetics and Evolution, 67(1), 9-14.
・Killingley JS (1980) Migrations of California gray whales tracked by oxygen-18 variations in their epizoic barnacles. Science, 207(4432), 759-760.
・Marchinko KB, Palmer AR (2003) Feeding in flow extremes: dependence of cirrus form on wave-exposure in four barnacle species. Zoology, 106(2), 127-141.
・Nogata Y, Matsumura K (2006) Larval development and settlement of a whale barnacle. Biology Letters 2, 92-93.
・Seilacher A (2005) Whale barnacles: exaptational access to a forbidden paradise. Paleobiology, 31(2_Suppl), 27-35.
・Taylor LD, O’Dea A, Bralower TJ, Finnegan S (2019) Isotopes from fossil coronulid barnacle shells record evidence of migration in multiple Pleistocene whale populations. Proceedings of the National Academy of Sciences, 116(15), 7377-7381.